マリオ・バロテッリ(Mario Balotelli イタリア語発音: [ˈmaːrjo baloˈtɛlli], 1990年8月12日 - )は、イタリア・パレルモ出身のサッカー選手。出生名はマリオ・バルウアー(Mario Barwuah)。リーグ・アン・OGCニース所属。イタリア代表。ポジションはフォワード。
シチリア島の北西部に位置するパレルモにおいて、ガーナ移民のバルウアー夫妻の長男として生まれた。生後間もなく先天性の疾患である巨大結腸症に冒され、生後の1年間を病院で過ごす。この病気を手術で根治させた後に、両親はより条件の良い職を求めてブレシア県に移住した。
しかし暮らし向きは良くならず、アフリカ移民の他の家族らと共に1DKのアパートをシェアする最下層の生活を強いられた。
バルウアー夫妻はやむなく3歳のマリオを里子に出し、マリオはブレシア県に住むイタリア人のバロテッリ夫妻に養子として迎え入れられた。
2008年11月、マリオ・バロテッリが有望株として名をはせ始めた頃、生みの親であるバルウアー夫妻が「息子との関係を取り戻したい」とマスコミを通じて訴えた。
だが、マリオ自身は「あの人たちのところで育っていたら、今ごろはアフリカのどこかで悲惨な暮らしをしていただろう」として拒絶した。
10代のころ、イタリアのACルメッツァーネのユースからトップチームに昇格、15歳でセリエC1デビューした。同年にはFCバルセロナのトライアルを受けるが不合格だった。
2006年、イタリアの強豪インテルと契約。
2007年12月16日、カリアリ戦に17歳4か月でデビュー。4月には初ゴールを記録し、インテルもセリエAを制して彼の初タイトルとなった。
2008‐09シーズンはチャンピオンズリーグで初得点、インテルの最年少得点記録を更新。
2009‐10シーズンも活躍を見せる一方、問題行動も多くジョゼ・モウリーニョ監督によって招集外にされるようになった。
5月5日、コパ・イタリア決勝のローマ戦では、フランチェスコ・トッティに後ろから蹴り飛ばされた。退場したトッティ自身によると「バロテッリから侮辱され続けていた」らしい。
2010年8月13日、移籍金2400万ポンドでプレミアリーグのマンチェスターシティへ移籍。
負傷明けからすぐさま活躍を見せ、12月22日には21歳以下の最優秀選手賞であるゴールデン・ボーイ賞を受賞した。リーグ優勝のかかったQPR戦でもセルヒオ・アグエロの決勝ゴールをアシスト、奇跡の引き金を引いた。
2013年1月30日、移籍金2000万ユーロ、2017年6月30日までの4年半の契約でACミランへ移籍。
シーズン途中の加入にもかかわらず、後半戦13試合に出場し12得点の活躍でCL出場権の獲得に貢献。9月22日のナポリ戦ではPKをホセ・マヌエル・レイナにセーブされ、プロ入り以降継続していたPKの連続成功が21で途絶えた。
2014年8月25日、ルイス・スアレスの後釜として、リヴァプールFCに移籍。だが活躍はできず、1ゴールに終わった。
2015年8月、無償レンタルにてACミランに復帰。23試合3ゴールと散々な結果に終わる。
2016年8月31日、フリートランスファーでフランスのニースに移籍。このままキャリアを終えるかと思われたが、28試合17ゴールと見事な復活を果たす。
チームを史上最高位の3位(リーグ・アン以降)に押し上げ、CL予選にも進出。さっそくアヤックス戦でクラブ史上初のCLでの得点を決めた。
プレースタイルは、万能型センターフォワード。
テクニック、パワー、攻撃的センスをすべて兼ね備えた最高級の逸材である。
特にエリア内での決定力に長け、一瞬のスペースさえあればどんな体勢や角度でもゴールに結びつけられる。
大舞台にも強く、ユーロ2012ではメキシコ代表やドイツ代表を相手にゴラッソを連発。ドイツ戦の2点目で即ユニフォームを脱いだゴールパフォはあまりにも有名だ。CLでも印象的なゴールを連発している。
ずばぬけたキック精度を持ち、スルーパスのタイミングも絶妙。インテル時代にはイブラヒモヴィッチと夢の2トップを組み、CLのマンチェスターユナイテッド戦で披露したキラーパスで全世界の視聴者をうならせた。
類まれな才能と裏腹に、メンタル面は超がつくほどのあら削りである。行く先々で問題行動を起こし、移籍時は追放同然の形でチームを後にしている。
なかでもマンチェスターシティ時代が顕著で、前半35分で退場したり、下部組織の選手にダーツを投げつけたり、ファーディナンドを挑発して乱闘寸前になったり… 人生をなめているような騒動を巻き起こす。
2011年7月のプレシーズンマッチでは、決定的ゴールチャンスにもかかわらずルーレットを披露し、シュートをわざと外した。これに激怒したマンチーニ監督は即交代を命じた。なお本人はオフサイドだと思ったらしい。
あまりにメディアの注目を浴びるので、その後のマンチェスター・ダービーで得点後にユニフォームをまくり「WHY ALWAYS ME?」と書かれたTシャツを見せつけた。
これ以外にも、多数の騒動や事件を巻き起こしている。
これらの問題行動は、バロテッリが黒人であるために幼い頃から受けてきた差別の反動という見方もある。
同じサッカー選手に対しては基本的にリスペクトの精神を持ち、元ブラジル代表ロナウドをアイドルとしている。メッシに対しては「自分より少し上」と評価している。
パリ・サンジェルマンに移籍するネイマールとは親交があり、お互いにツイッターをフォローして交流する仲である。2013年の親善試合やコンフェデレーションズカップでも試合前後に言葉を交わしている。
お互いにスーパースター、そして悪童という共通点を持つ二人が、フランスの地でふたたび相まみえることになるのか。今季のリーグ・アンを代表する名勝負に期待したい。
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