今回は本当にやばかった。人生の中でこんなにパニックになり、人の温かさを感じた日は他にないと思う。
A病院で午前中に赤ちゃんが出てくる事を促す薬を飲み家へ帰り経過を観察。「これが本当の陣痛だよ。」と妻が言うのでお腹を見てみるとバスケットボールの様な硬さになり丸みを帯びてきた。元々明日産む予定だったのでそれに対する準備ぐらいの気持ちで考えていた。午後二時にもう一度A病院に帰り様子を診てもらったところ「まだ本格的な陣痛ではないので家に帰って観察して陣痛が治まらなかったらまた帰って来て下さい。」と言われたようで帰る事にした。しかし妻はかなり痛がっているので何か様子が変だなと思った。車で家に帰る途中も「痛い、痛い。」と言うので「病院に帰ろっか。」と何度も聞いたが「病院で大丈夫と言われたから。」と言い我慢している様子だった。けれど運転中に人の腕を咬んだり、思いっきり握ってきたりする事はやっぱりおかしいと思っていた。
家に帰り息子に遅い昼ご飯をあげているとトイレに入っていた妻が壁を何度も殴っている音が聞こえてきた。本当に明日までこんななのかと疑問に思っていると、妻が床に倒れ震えながら「血が出た。」と言ったので見てみると大量の血がトイレの中にあった。事前の知識として血が出たら産まれて来るという事、二人目は早く産まれて来るという事を知っていたので自分の車で移動していたら二人の命が危ないと感じたので救急車を呼ぼうと思った。
日本と同じ１１９とは分かっていたが自分の住んでいる住所が分からないので呼ぶ事が出来ない。内線で警備の方に救急車を呼んでもらう事にしたがパニックのあまり救急車という中国語が出てこず、「赤ちゃんがもう少しで出てきそうです。妻が倒れて立ち上がれないので１１９して下さい。」と伝えた。運良く向かいの近所の方に出くわし息子を連れて行く事は難しいと思ったので預ける事にした。後で思えば救急車はすぐに来てくれたのだが待っている時間はとても長く感じた。妻はその間にも床に倒れ「産まれる、産まれる、頭が出てきた。」と言うので「大丈夫、大丈夫だから。すぐに救急車が来るから。」と声を掛けて少しでも安心させてあげる事ぐらいしか出来なかった。早く来い、早く来いと思っていると救急車の音が鳴り救急隊員の方と警備の方が部屋まで駆けつけてくれた。今までに救急車の音がこんなにありがたいと感じた事はなかった。救急車に乗っている途中に救急隊員の方の「頭が出て来た。」と言う声が聞こえ早く病院に着いてくれとそれだけを一心に考えていた。
家から一番近いB病院に着くと分娩室に行く時間がない為救急診察室へ妻が連れて行かれ、その周りには７、８人の医療スタッフに囲まれていた。部屋の外で待っているようにと言われたので待っていると一分もしない内に妻の大きな叫び声と赤ちゃんの産声、救急隊員の方の大丈夫といったジェスチャーが見え、それと同時に安堵した事からの涙が溢れ出て来た。現在赤ちゃんは無菌である分娩室で産む事が出来なかった為、念の為にNICUの保育器の中で状況を観察している。
まるでドラマのワンシーンを観ている様な体験だった。多くの方の協力があって赤ちゃんを産む事が出来た事に本当に感謝している。
